COLUMN

インドアゴルフコラム

2026.07.12

トラックマンはどのように開発されたのか

かつてゴルフの世界において「飛距離」や「スピン量」、「スイングの良し悪し」は、プロの感性やベテランコーチの「感覚」という曖昧な言葉で語られていました。

その常識を根底から覆し、ゴルフを「感覚のスポーツ」から「厳密なデータと科学のスポーツ」へと変貌させた至高の弾道測定器、それが「Trackman(トラックマン)」です。世界のツアープロ中継から最新のインドアゴルフ施設まで、今や見かけない日はないあのオレンジ色の四角い箱。一体どのようにして生まれ、ゴルフ界に革命をもたらしたのでしょうか?その裏側には、デンマークの小さなチームの情熱と、軍事ミサイル追跡技術という異色の融合がありました。

この記事のポイント

  • 開発の原点: 巨大メーカーではなく、デンマークのゴルファー兄弟の素朴な疑問からスタート。
  • 技術の根底: 軍事用ミサイルや弾丸を追跡していた「ドップラー・レーダー技術」を応用。
  • 技術的突破: 軍用大型コンピューターの計算処理を、市販PCで動かすアルゴリズムの極限軽量化。
  • ゴルフ界への影響: 「新・飛球の法則」の証明により、100年続いたレッスンの常識を完全アップデート。

1. なぜトラックマンは「ゴルフ界の常識」を疑うことから始まったのか?

【即答】コーチの言葉は「推測」に過ぎないという強い不満と、インパクトの物理的真実を知りたいという純粋な渇望がきっかけでした。

2000年代初頭、デンマークに暮らすクラウスとモルテンのエルドラップ・ヨルゲンセン(Eldrup-Jørgensen)兄弟は、週末になるとゴルフコースへ繰り出す熱狂的なアマチュアゴルファーでした。彼らは上達を求めて練習に打ち込み、熱心にレッスンを受けていましたが、いつも一つの大きな違和感を拭えずにいました。

「なぜ今の一打は右へスライスしたのか?」「どうして今のスイングは飛距離が出なかったのか?」——コーチに尋ねると、「今のは下半身の開きが早かった」「手首のタメが解けていた」といったアドバイスが返ってきます。しかし、それはボールが飛んでいった結果から逆算した、コーチ個人の経験則や主観的な「推測」に過ぎないのではないか?という疑問が膨らんでいったのです。

当時もハイスピードカメラによるスイング解析ソフトは存在していました。しかし、カメラが捉えられるのは「人間の身体の動き」までであり、**「インパクトの瞬間、クラブフェースとボールの間で物理的に何が起きたのか」**、そして**「空中でボールがどのような回転運動を起こして飛行しているのか」**という最も重要な真実を数値として捉える術は世界中に存在しませんでした。

「感覚や推測ではなく、科学的なデータで真実を知りたい」。この情熱に突き動かされたヨルゲンセン兄弟は、スポーツ界の外側へ目を向け、運命の人物へアプローチすることになります。

2. ミサイル追跡技術はどのようにしてゴルフボールへ応用されたのか?

【即答】軍事レーダーの天才技術者フレドリック・ツクセンが、ドップラー・レーダー技術を用いればゴルフボールの追跡が可能だと見抜いたからです。

ヨルゲンセン兄弟が知人を介して出会ったのが、当時デンマークのWeibel Scientific(ワイベル・サイエンティフィック)社で開発責任者を務めていたレーダー技術者、**フレドリック・ツクセン(Fredrik Tuxen)**でした。Weibel社は、軍事用途の超高精度ドップラー・レーダーシステムを世界中に提供するトップクラスのハイテク企業です。

ツクセンが日常的に解析していたのは、時速数千キロで空を切り裂く超音速ミサイルや弾道弾、迫撃砲の弾丸でした。ヨルゲンセン兄弟から「時速250km程度で飛んでいく小さなゴルフボールの飛距離やスピン量、3D軌道を正確に測れないか」と相談されたとき、ツクセンの脳裏には即座に解法が浮かびました。

「ミサイルに比べれば、ゴルフボールの速度は遅く、動きもシンプルだ。ドップラー効果を利用したレーダー波を使えば、ボールの着地点まで完全に追跡し、スピン量まで精密に弾き出せる」

ツクセンは兄弟からの問いかけに強く惹きつけられました。彼は打ち合わせの後、寝る間も惜しんで計算を重ね、**相談を受けてからわずか48時間でゴルフ専用弾道測定器の基礎となる計算式とハードウェアの設計図(青写真)を書き上げた**と言われています。

こうして2003年、最高経営責任者(CEO)にクラウス、技術最高責任者(CTO)にツクセンが就任し、デンマークの地で「TrackMan」社が正式に設立されました。軍事レベルの物理学が、スポーツの世界へ足を踏み入れた歴史的瞬間でした。

3. 市販PCで軍事計算を動かすという「無謀な壁」をどう乗り越えたのか?

【即答】デンマーク工科大学との連携によるアルゴリズムの極小化と、ノイズ除去技術の徹底的なブラッシュアップで克服しました。

設計図が完成したとはいえ、プロダクトとして製品化するまでには巨大な障壁が立ちはだかっていました。最大の課題は**「コンピューティング・パワー(計算能力)」**の問題です。

軍事用レーダーが捉えた膨大な反射波から、ミリ単位の精度で物体の位置や速度を即座に計算するためには、本来であればスーパーコンピューター級の高額で巨大なハードウェアを必要としました。しかし、ゴルフ場でツアープロや一般ゴルファーに使ってもらうためには、持ち運び可能なサイズに収め、一般的な「市販のWindowsパソコン」でリアルタイム処理させなければ商業的に成り立ちません。

ツクセンと開発チームは、母校であるデンマーク工科大学(DTU)の優秀な研究者や学生たちを巻き込み、数学的アルゴリズムの軽量化という途方もない作業に取り組みました。

難航を極めた2つのイノベーション

① ノイズとゴルフボールの厳密な識別処理

屋外のゴルフ場では、風で揺れる草木、飛んでいる昆虫や鳥、隣の打席から飛んでくる別のボールなど、レーダーにとって膨大な「ノイズ」が存在します。限られたCPU能力の中で、打ち出された瞬間の本物のボールだけを1/1000秒単位で特定・追跡するフィルタリング・アルゴリズムが不可欠でした。

② シームレスな3Dデータ化とポータビリティ

直射日光や雨、過酷な温度変化に耐えうる頑丈でコンパクトなオレンジ色の筐体を設計。レーダーが受信した生の信号(Raw Data)を効率よく圧縮し、PC画面上に美しい3D弾道線と20項目以上の数値データとして一瞬で描写するシステムを構築しました。

不眠不休の高度なプログラミングと泥臭い実験の繰り返しにより、軍用レベルの精度を維持したまま、ノートPC1台で完璧に動作する初代「TrackMan」が遂に完成したのです。

4. トラックマンはどのように進化し、ゴルフ界のレッスン常識を覆したのか?

【即答】「ボールの挙動」から「クラブの軌道」測定へと進化し、100年続いた「飛球の法則」の誤りを科学的に証明したからです。

市場に投入されたトラックマンは、まずミズノやタイトリストといった大手クラブメーカーのR&D(研究開発)部門や、極限の正確性を求めるツアープロたち(タイガー・ウッズやイアン・ポールターら)の間で熱狂的に受け入れられました。しかし、彼らの真のイノベーションは「ボールを測定できたこと」だけでは終わりませんでした。

ツクセンたちは「ボールがどう飛んだか」だけでなく、**「なぜその球が出たのかという根本原因」**を突き止めるため、インパクト直前のクラブヘッドの微小な動き(軌道、フェース向き、アタックアングルなど)までミリ単位・0.1度単位で同時測定する技術を開発したのです。

進化のフェーズ 主な測定項目 ゴルフ界・ゴルフビジネスへの影響
初期(第1・第2世代) キャリー飛距離、ボール初速、打ち出し角、バックスピン量 感に頼っていたギアフィッティングが数値化され、クラブ開発が劇的に高速化。
発展期(第3世代) クラブパス(軌道)、フェースアングル、ダイナミックロフト、アタック角 「新・飛球の法則」を証明。世界中のゴルフレッスン理論が根本から書き換わる。
現在(Trackman 4以降) デュアルレーダー(2周波数)、超高速カメラ融合、パッティング解析 インドアゴルフ施設での高精度シミュレーションや、遠隔レッスン市場の爆発的拡大。

特に第3世代の登場によって判明した**「新・飛球の法則(New Ball Flight Laws)」**は、ゴルフ界に巨大な衝撃を与えました。

それまで約100年間にわたり、「打ち出し方向はスイング軌道で決まり、曲がり幅はフェースの向きで決まる」とレッスン現場で教えられていました。しかし、トラックマンの超精密データは**「ボールの打ち出し方向の約75〜85%はインパクト時の『フェースの向き』によって決まり、スイング軌道はサイドスピン(曲がり)に影響を与える」**という真実を完璧に証明して見せたのです。

この発見により、間違った指導で悩んでいた世界中のゴルファーが救われ、レッスン指導者は科学的データに基づいて最短ルートでスイングを修正できるようになりました。

まとめ:熱狂的な情熱と異分野の知恵が「新しい時代」を創る

もし、ヨルゲンセン兄弟が「ゴルフの真実をデータで解き明かしたい」という強い情熱を抱いていなければ。そして、ミサイルの軌道を追っていたツクセンが「ゴルフボールを追跡すること」に技術者としてのロマンを感じていなければ、今日のゴルフ界の目覚ましい進化は10年以上遅れていたかもしれません。

現在では、PGAツアー中継で当たり前のように表示される「飛距離」「ボール初速」「最高到達点」の3Dグラフィックも、街中のインドアゴルフスタジオで自分のスイングデータを数値化して分析できる環境も、すべてはこの小さなプロジェクトから始まりました。

次に練習場やインドア施設でトラックマンの前に立つときは、その小さなオレンジ色の筐体に詰まった「軍事レベルの最先端科学」と「ゴルフへの熱狂的な愛」の歴史を感じながら、精緻なデータの世界を楽しんでみてください。

この記事は、平井駅近くの24時間ゴルフ練習場 Toki Clubが運営しています。全打席に商用最上位のTrackManを完備し、無料体験を受付中です。